2023 July. Books

 おっそ。おっっっそ。もう9月になろうかというのに、今7月の記録である。

 自分で「忙しい」っていうのなんか違う気がするけど、結構忙しかったんです。でもまとめる。これもまた自分のためなので。

 

●ユクスキュル/クリサート著 日高敏隆・羽田節子訳『生物から見た世界』岩波文庫

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 大好きな漫画である『思えば遠くにオブスクラ』(靴下ぬぎ子、秋田書店)にも登場する1冊。小さな虫や鳥だとかが、どう世界を「見ている」のか。「環世界」というキーワードを使って説明してくれる。

 この「環世界」は同一の生物種の間でも異なりうる。生活してきた文化や風土が違う人間同士でも、見えている風景がまるで異なるということがあり得るのだ(本書にも、実際そういうシーンを説明している箇所がある)。当たり前っちゃ当たり前のことだが、改めて認識。

 

 

坂口安吾『人間・歴史・風土』講談社文芸文庫

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 坂口安吾の魅力のひとつはその説得力の強さにあると思う。それは彼独特の文体によるところも大きいと感じる一方、(書く対象に対する)安吾自身の強い関心とリサーチのなせる技でもあるだろう。

 本作は安吾が各地に取材して綴った歴史紀行のオムニバスで、史実への深いリスペクトと観察眼が文章に現れている。一方で彼らしい思想の表現も、読んでいて気持ちがいい。現在の西武池袋線沿線の話である、「高麗神社の祭の笛」が印象的だった。今住んでいるところの近くにそんな文化があったのか〜という感慨。

 

 

堅田香緒里『生きるためのフェミニズム パンとバラと反資本主義』タバブックス

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 途中で読み止めるのがもったいなく感じ、一気に通読してしまった本。フェミニズムの理論を通して資本主義を問い直す内容で、20世紀初頭の運動からコロナ禍での動向までカバーしている。

 SNS等で跋扈する浅薄な言論もどきのせいで「フェミニズム」という言葉に距離を感じる向きもあるだろうが、そういう人にこそ読んでほしい内容。「『ケア階級』とブルシット・ジョブ」からの流れなど鮮やかですらある。

 

 

村上春樹神の子どもたちはみな踊る新潮文庫

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 この夏は村上春樹にゆるく回帰している。文章にはその内容とは独立したリズムのようなものがあるけれど、個人的には村上春樹のリズムは結構チューニングを合わせやすい。

 「かえるくん、東京を救う」が初読時に好きだったなと思い出した。また、表題作の「神の子どもたちはみな踊る」のタイトル回収も真摯で印象的だ。この短編集の背景には1995年1月17日の阪神・淡路大震災の存在がある。この地震をきっかけとして浮かび上がるさまざまな形の喪失。そこを意識するかしないかで、読後感もずいぶん変わってくる。

 

 

アントニオ・タブッキ 須賀敦子訳『供述によるとペレイラは……』白水社

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 イタリア人作家・タブッキによる、WWII前夜のポルトガルが舞台の小説を須賀敦子の名訳で。名著というほかない作品だと思う。

 (特に日本で)WWIIの勉強をしていてもなかなか出てこないポルトガルだが、そこにも確かにファシズムが暗い影を落としていた。南欧の明るい街並みとレモネードに対比するような、忍び寄る言論弾圧の波が文章に独特の緊張感をもたらす。

 困難な状況下での人間の思想・信条の揺れ動きを描いた作品ではあるけれども、一方で人間という存在への確かな信頼も垣間見える。

 

 

荒川洋治編『昭和の名短篇』中公文庫

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 このタイトルで本を作れること、そもそも作ろうと思うこと、すごいことだよなあと思う。だって無限にあるだろうから。膨大な読書量と審美眼の為せる技なのか。

 志賀直哉中野重治など、未読だった作家の作品にもここで出会えた。アンソロジー的な作品集というのはそこがいい。特に戦後すぐの混乱の時代や1968年前後の動向を背景とした文学史の変化はまだ掘り下げていきたいところであるので、この作品集に収められた作家らの他作品も読んでいきたいところ。志賀直哉「灰色の月」、佐多稲子「水」が好きだった。

 

 

中島可一郎編『金子光晴詩集』白凰社

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 今はなき白凰社からの詩集。放浪と言うべき移動の多い人生を送った詩人によって書かれる言葉は平易かつ動的。しばしば権力へのプロテストを原動力としている点もその感を強くしていると思う。

 漢字表記と平仮名のバランスも作品によってまちまちで興味深い。

 「そらのふかさをのぞいていはいけない。

  そらのふかさには、

  神さまたちがめじろおししてゐる。(p.36『灯台』)

 

 

●今井むつみ『学びとは何か』岩波新書

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 認知科学の観点から「学び」について考える本。いわゆる勉強法の本ではなく、いかにして人間は学ぶのか、という根本から読み解いていく。

 母国語の習得と外国語の習得の違いなど、身近なところを例にとって解説されるのでわかりよい。読んでいて「うん、それはそうなるよね」という納得までのスピードが早く、新書たるものこのぐらいの速度感で読めるのが気持ちいいよなと思うなどした。

 

 

●三浦豊『木のみかた 街を歩こう、森へ行こう』ミシマ社

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 建築を学んだのちに庭師・森の案内人として活動するようになった筆者の1冊。植物が好きな自分としては、ふだん街路を歩いていて見かけるような木にも木になるところがある。それがいろいろな角度から見直せるようで面白かった。

 「僕が一番共感できる木」「不名誉な名前の木」など、切り口も斜め上といった感じで興味深い。

 

 

森銑三 柴田宵曲『書物』岩波文庫

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 改めて見るにすごいタイトル。「人の子どもに『人間』と名付けるようなもの」と筆者自身が語っている。しかしタイトルのとおり、書物というものに対して幅広い角度から、豊かな見地で切り込んでいるエッセイ集で、非常に面白い。

 本の売り方や出版社の姿勢に対する意見などを読むと、昔から今に至るまであまり変わらない部分もあるんだな、と思ったりもする。こういう本の面白さは、新しい知識を得るということだけでなく、既にもっている知識や考え方の再確認による部分も大きい。

 

 

夏目漱石草枕岩波文庫

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 最初に読んだときは今ひとつ文意が掴みきれなかった作品。今回で3回目か4回目の挑戦。ようやくあの有名な冒頭部分(「智に働けば角が立つ〜」)から終盤の列車を見送る場面の繋がりがピタッとハマったような気がした。これは感覚的な話でしかないけれど。

 『草枕』のキーワードとして、「非人情」という言葉がある(薄情という意味ではなく、美なるものを人間関係や感情を越えた部分で受け止めるための意識、と理解すれば問いだろうか)が、これはむしろ「ポスト人情」「超・人情」と書くとわかりやすいかもしれない。

 

 

ジョゼ・サラマーゴ 木下眞穂訳『象の旅』書肆侃侃房

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 1551年にポルトガル国王からオーストリア大公の婚儀への祝賀として「象」が贈られた。その史実に基づいて書かれた歴史小説

 象のソロモンは優しくで賢明な生き物として描かれ、同時に象と一緒に旅する人々の人間模様もときにシニカルに、ときにユーモラスに書かれている。ソロモンは人間たちの都合に付き合わされる存在として、読者を適度に素面に戻してくれるが、象遣いのスブッロとの関係性は素直に穏やかな気持ちにさせてくれる。