午前6時21分、男は玄関を開ける。
23歳を過ぎたあたりでふと、もう終電をやり過ごして始発で帰るなどという真似は今後しないのだろう、と思った。その後、今日(2週間後に26歳の誕生日を控えている)に至るまで、終電をやり過ごして始発で帰るのは6回やっている。
部屋に入り、昨日出かけたときと同じ状態になっている部屋を見回す。花瓶の水を替えておいてよかった、と思う。今からそれをやるのは気が重いからだ。男は、花瓶の水を24時間以上替えないまま置いておくことはしなかった。
シャワーを浴びるのもやはり面倒に感じた。さほど汗をかいているわけでもないので、適当に服を脱いでその辺にあった除菌シートで体を拭く。今日–––正確には昨日–––観た映画のとあるシーンを男は思い浮かべる。どの文脈のシーンだったかまでは思い出さない。ついでに今日–––こちらは今日で合っている–––あった会話を思い出す。
–––活字をあまり読んでいないんですが、本は読んでみたいと思ってるんです
もともと好きなジャンルは、何かあるの
–––それも読まないので、思いつかないですね
映画は好き?
–––好きです
じゃあ好きな映画の原作小説を……。原作があればだけど。読んでみるとか、そういうのはどう
–––それ、良いですね
自分ながら気の利いた提案をしたよな、と男は思う(先ほど脱いだのとは別の服を着ながら)。実際には、そういう読み方もいいと思うし、そうでなくてもいいと思う。
薄いフィルターのかかったような視界を少し気にしながら、男はベッドに倒れ込み、そのまま2時間ほどの眠りに就く。