2023 Sep. Books

 読書の秋と言いたいところだが、どちらかというと仕事の秋という感じでかなりやばかったので最初の3冊以外感想がひとことになり、ほどなくしてなくなっている。

 読むのは読んでいます、引き続き。

 

●ナタリア・ギンズブルグ 須賀敦子訳『ある家族の会話』白水社

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 一読して変わった本だな、と思った。作者の実体験に基づいて、タイトル通り「ある家族」と周囲の人々の会話が淡々と続いていく(ようにみえる)。必要な解説は要所で入るものの、この基本的な文体は最後まで変わらない。捉えようによっては日記か、或いはエッセイのようにも読めるが、あくまで小説。

 本書は2回の世界大戦にまたがる時期のイタリアが舞台で、つまりファシズムの暗い影が迫る時代を描いている。「会話」のなかにも趨勢の変化を示すワードや、その変化に対する各人物の思想・感覚を表す言葉がしばしば現れる。本書の文体について「会話が淡々と続いていく(ようにみえる)」と留保して書いたが、それは会話の情景自体は穏やかに見えても、その背後に大きな暴力の脅威が垣間見えるからでもある。

 明確に知識人家庭の風景であり、政治に関して一歩引いて見るだけの教養をもった人々であるという前提は必要だが、当時のイタリアの一般市民の感覚や生活スタイルなどが読み取れて、興味深くもある。

 ナタリア・ギンズブルグは脚本家、俳優として映画にも深く関わった人物で、P.P.パゾリーニとも親交があったらしい。パゾリーニの本積んでるな、そういえば。

 

 ●藤井省三魯迅岩波新書

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 魯迅は、高校生のときに現代文の課題で『藤野先生』を取り上げて以来、折に触れて読み続けている作家である。たしか小論文の課題で、「郷愁」か「ペーソス」をテーマに作品を取り上げて論じなさいというものだったが、果たして適切に読解できていたかどうか。

 これまで読んできたのは基本的に魯迅の小説作品だったので、思想家、活動家としての一面に関しては知識がなく、本書でその基本的な部分を知ることができた。

 魯迅の活動期間は1918年〜1936年(没年)で、中国の歴史が大きく揺れ動いた時期と重なっている。特に晩年の1930年代には国民党政府によって幾度となく発禁処分を受けてもいる。中国の近現代史も並行して掴んでおく必要があり、この辺りの読解には知力と体力が必要だった(恐らく理解しきれていない部分があるはずなので、清朝の終焉から国民党と共産党の対立にかけての歴史については別途本を探してみたい)。ともかくも、魯迅の辿った道程は、国家と文学作品の関係性ということを考えるために参考になる。

 あと興味深かったのは魯迅が東アジアの各エリアに与えた影響について。日本では、魯迅自身が日本に留学していたということもあって著名な作家だが、台湾や韓国でどう読まれているかも本書で解説されている。

 

●周司あきら 高井ゆと里『トランスジェンダー入門』集英社新書

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トランスジェンダー」について、文字通り入門として最初に知っておきたいことが解説された1冊。トランスジェンダーという言葉の意味はもちろん、「トランスジェンダーって〇〇なんでしょ」といった一面的なイメージやスティグマについても丁寧に間違いを指摘し、解説を行っている。

 これまでは、トランスジェンダーを含む性的マイノリティについて文献で知ろうとすると、難しくて高額な専門書が必要になるケースも多かった。本書は手に取りやすい新書というフォーマットで刊行されたことで、トランスジェンダーについて知りたいけれど難しそう、或いはどこから知っていけばいいかわからない、という人の学びのハードルを下げてくれていると思う。

 少しでも性的マイノリティについて調べたり、勉強したことのある人にとっては「もう知っている」という内容も多いと思う。私自身、ここ数年は自分のセクシュアリティも含めて色々と考えることも多かったので、本書には既知の部分もかなりあった。しかしながら、そのような(知っている人からすれば)"常識"になってきた部分をここで改めてわかりやすく言語化し、多くの人にとって親しみのある新書の形で提示したことは、性的マイノリティに関する知識の膾炙において大きな意味があると考える。

 

 ●須賀敦子『塩一トンの読書』河出文庫

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「塩一トン」の意味するところが面白い。「5000兆円」なんかに通じるユーモアを湛えつつも、詩的で趣深い表現。須賀敦子の読書録(書評)は、どれも私小説のような引力がある。

 

真木悠介『気流の鳴る音』ちくま文庫

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 小さな本ながら、比較社会学のエッセンスがふんだんに詰まった面白い本。ネイティブアメリカンと“近代”を生きる人類学者とのエピソードも、ひとつひとつが含蓄に満ちている。10月にこの本の読書会に参加したが、いろいろな視点からの読みを聞くことができて非常に楽しかった。

 

ポール・ヴァレリー 清水徹訳『エウパリノス・魂と舞踏 樹についての対話』岩波文庫

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 ヴァレリーによる建築論、舞踊論などをまとめた一冊。最近ダンスに関心があって文献を探しているが、これはちょっと難しかった。ところで、ヘッセの『シッダルタ』なんかもそうだが、偉人の名を借りていろいろ語ったり、物語を作るという形式には名前があるんだろうか。

 

 ●西加奈子『ふる』河出文庫

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●チョ・ナムジュほか著 斎藤真理子訳『ヒョンナムオッパへ』白水社

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寺田寅彦/中谷宇吉郎 山本善行撰『どんぐり』灯光舎

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中島らも『永遠も半ばを過ぎて』文春文庫

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●大阿久佳乃『じたばたするもの』サウダージ・ブックス

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●世界現代詩文庫18『現代ロシア詩集』土曜美術社

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