2024年9月 Records & Lives

 怒濤の8月を経て、9月は少し諸々が落ち着くかなと思ったらそんなこともなく、気づけば仕舞いを迎えていた。例によって都内で行けるものに限るけれど今月はライヴにかなり行った。知人・友人が出演するものが多かったが、どのバンド/コレクティヴも「知人・友人が出ているから観る」のではなく「自分が好きだから観る」で行っているからどれも等しく楽しかった。この感覚は大切にしたい。

 

●Records

The Alexander Technique – Rex Orange County

 Alexander Techniqueってたしか整体かなんかの技術でしたよね? と思って調べたら、「体の緊張をほぐすことによって、自分がやりすぎていることに気づく」ことらしい。本作は作曲によってなんらかの緊張をとき、それによる気づきをまた楽曲に反映させていくことでAlexander Technique的なアプローチをしていった、ということらしい。

 じつはRex Orange County、そんなにしっかりハマって聴いたことは今までなかったのだけれど(ちょっと難解に感じたのだ)、今回のアルバムはすんなり聴くことができた気がする。シンプルで優しげなフォークソングである#2「Guitar Song」はリリックも含めて初見から惹き込まれたし、教会音楽とジャズが融合したようなオルガンがヴォーカルを支える#4「Therapy」も好き。こうしてみると確かにフィジカル/メンタルヘルスにかかわるワードが多いような。#12「Sliding Doors」は一時期のJ-Popっぽい雰囲気でこれも面白い。ちなみにこちらのバッキングはピアノとフルート。

 全体に落ち着いた、メロディアスな楽曲が多いのがとっつきやすさの理由かも。なおかつ前述のようにトラックで使用されている楽器は多様で、飽きない。

 

My Method Actor Nilüfer Yanya

 トルコにルーツをもつイギリスのSSWで、今作が初の視聴。しかしながら早くも虜になりかけている。プロデューサーはWilma Archerという人で、Sudan Archivesなどとも仕事をしているらしい。

 基調になっている音楽は90年代以降のグランジ〜ポストロックののようでもあり(静と動の入れ替わりとかギターの歪ませかたとか)、アフロルーツの音楽のようでもあり(#3「Method Actor」の細かなリズムパターンとか)。そこに、恐らくは自身のルーツを研究することで身につけたであろうオリエントな音楽のエッセンスが合流している。という解釈でいいんだろうか。

 #5「Mutations」は動きのあるコード進行と、重音を多用したベースの使い方がクセになる。#9「Made Out Of Memory」などは王道でメロウなバラードのように聞こえて、低音とドラムの音作り・ミックスが特徴的なような。

 #7「Call It Love」はなんとなく、西洋音楽的なくびきからかなり解放された楽曲に聞こえる。長調とも単調とも取れる調性感や時折入ってくる持続音。絶え間なく鳴っているギターのアルペジオも耳に残る。終盤、一気に音数が増えて盛り上がりを迎えたあとにヴォーカルオンリーのパートに落ちるアレンジもよい。

 

Shinbangumi – Ginger Root

 アクション、魅力、グルーヴ、そして…恋!!! Ginger Rootのジャパンツアーのフライヤーに日本語でそう書いてあったときはマジかと思ったが、さらにアルバム中でもこの台詞がまんま聴けるとは。絶妙に時代を感じさせるクサいコピーを考えるのが本当にうまい(褒めている)。

 先行配信されていた#2「No Problems」や#4 「There Was a Time」からはCameronが敬愛する昭和と平成をまたぐジャパン・ポップのエッセンスを感じつつ、コーラスのアレンジなどからはキリンジあたりのAORっぽい雰囲気も出ている。#8「Kaze」で突然ブラジリアンなムードになるのも面白い。

 しかし改めて、映像などの宣材も含めて古い日本のポップスの空気感を演じつつ、それを本人のカラーにするセンスがずば抜けていると思う。単なるノスタルジー&その時代のコピーだけでは当然ここまで売れていないわけで、そこに限りないリスペクトと愛があっての「引用」だからこそここまで光るのだろう。たとえば自分が「ビートルズ風の、でもオリジナリティ溢れるアルバムを作れ」と言われてもとてもできる気がしない。

 

Cascade − Floating Points

 今年のフジロックで観る機会はあったのだが、上原ひろみを待つためにヘヴンに居たので結局1秒も観なかった。ので、そんな一抹の後ろめたさもありつつ聴いたニューアルバム。結論からいうと相当好きだった。

 #1「Vocoder[Club Mix]」では実際にヴォコーダーが使われていてすごくクールなのだが、同時にトリッキーなコード遣いにも惹かれる。どこかクラシック楽曲を思わせる趣すらあるな、と思っていたら実際ドビュッシーメシアンあたりに影響を受けていると。なるほど。全体の雰囲気としては踊れるアンビエント、という感じなのか、メロディというメロディがなく反復フレーズとリズムでぐいぐい引っ張っていくような楽曲も多い印象。最終曲#9「Ablaze」はドラム打ち込みもなく完全に上物のみのミニマルな曲で、何かを弔うような静かな終わり方。

 個人的には#7「Afflecks Palace」が最高にカッコいいと思った。1曲に込められた情報量、展開のしかた、氷のような冷徹さと過充電したリチウム電池のような熱さを併せ持った音像、どれをとってもツボ。

 

In Waves – Jamie xx

 Jamie xx、アルバムが出るのは9年ぶりらしい。9年前にはこのアーティストのことを知らなかったので、「Jamie xxの新譜をリアルタイムで聴く」という体験自体が初めてのことだ。

 自分はそもそもクラブミュージックを聴きはじめてから日が浅いのでその様式やサウンドについてまったく詳しくないが、一聴して非常にキャッチーで、それでいて右から左に流れていくことを許さないようなフックもあり、聴き応えのあるアルバムだという印象を受けた。

 歌モノ感が強く、「I waited all night…」というタイトルコールが耳に残る#3「Waited All Night(feat. Roxy & Oliver Sim)」から、無機質なヴォーカルとハイテンションなホーンがやり合う#4 「Baddy On the Floor (feat. Honey Dijon)」への流れが個人的には好きで、何度も繰り返してしまった。

 #6「Still Summer」も自分のイメージするクラブミュージックの雰囲気にピタッと当てはまる感じがする。シンセのコードが短いサスティーンでチチチチ、と刻む感じがそれっぽい。ソニマニで聴いたらアガりそうである。

 

あちゃらか – パスピエ

 パスピエは今年で結成から15年になるバンドらしい。そんなに息が長いのか。と言いつつ、実際自分が聴き始めたのも高校2年生のときで、そのときから数えても11年は経っているのだからそう不思議はない。自分としても、これほど長く追っているバンドはそう多くはない。

 シンプルなジャケットにコンパクトな内容(8曲32分)ながら、タイトルに違わない楽しい曲集だった。まだパスピエのメンバーが顔を隠していたころの(今思えばあれも新しかった)、『幕の内ISM』や『娑婆ラバ』のように一貫したテーマやコンセプトがある感じは希薄だが、良い意味で初期の曲っぽいものから最近のエレクトロニックな雰囲気のものまで色とりどりの曲を集めたパーティ・同窓会のような空気感がある。ような気がする。

 #1「21世紀流超高性能歌曲」はもういろいろと持っていかれる。そんな大仰なタイトルつけて大丈夫か?! って思うけど、大丈夫。マジでタイトルどおりの曲。#3「KENNY」の派手なギターソロや#6「それから」の文学歌謡路線は『娑婆ラバ』〜『&DNA』の時期をふと思い出す。で、まさかの#8「幕間」、インスト曲で締め。ちなみに幕間とは文字どおり舞台と舞台の間の時間のことだし、英題も「interlude」、つまり間奏曲のことである。まだまだお楽しみは終わらんよ、というバンドからのメッセージだろう。

 

OUCH – HONNE

 ロンドンのポップデュオユニット、HONNEの3rdアルバム。よりアコースティックで牧歌的な雰囲気が強まった印象がある。日本語で出ているレビューやリリース情報を見ると、メンバーが家庭をもち、親になったことも制作に大きな影響をもたらしたとのこと。

 #1「Serenade in E Major」というクラシック曲のようなタイトルの曲はスキャットのみの短いイントロで、そのまま#2「Girl In The Orchestra」に流れ込む。こちらも歌詞にドビュッシーが登場したり、厚いコーラスが入っていたりなどどこかクラシックの雰囲気を感じる面白い曲。

 Liang Lawrenceをフィーチャーした#6「Say That You Will Wait For Me」は本作の中では結構打ち込み寄り。なんだかんだでHONNEはこういう方向性の楽曲の方が好きかもしれない。などと言いつつ、#13「better with you」の人力感のあるベースに惹かれてしまったりもするし、結局曲しだいというところはあるけれど。

 

Dayglow – Dayglow

 満を持して……なのかどうかは本人に聞かないとわからないが、Dayglowのセルフタイトルアルバムが出た。

 ドアタマの#1「Mindless Creatures」からめちゃめちゃポップ。軽快なリズムと伸びやかなヴォーカルは言わずもがなだが、「everybody wants something else,〜」からのフックや途中ちょっと落ちるところなどはライヴでの盛り上がりが想像できる。#5「What People Really Do」や#6「Nothing Ever Does!!!」ではリード楽器としてキーボード/シンセを派手目に使っていて、この辺のアレンジもキャッチーでとても好き。

 基本的にテンポ速めな曲が多いが、時折現れるメロウな瞬間ではじつはメロディが良いのがわかってこれまたグッとくる。

 車に乗れさえしたらドライブでかけたい1枚。

 

First Light – Jónsi

 Sigur RósのフロントマンであるJónsiによるソロ名義のアルバム。ソロ作品としては4枚目になるのだろうか。

 Sigur Rósで聴けるような、コードやキーは明確でありながらもアンビエントの要素を纏った不思議なサウンドは健在でありつつ、バンドのそれよりもかなりポジティヴで多幸感のある音楽性であるように感じた。タイトルもFirst Lightだし、ジャケットも花の咲く庭園だ。

 #4「Clearing」を聴いていると、ふとドキュメンタリー番組とか映画のサントラっぽいな、という感想がふと浮かんだ。あるいは博物館なんかにある体験型のシアターとかで流れていても違和感がない。と思って調べると、実際に本作はゲームのスコアから制作が始まったのだそう。「『First Light』は、一瞬の幻想的な、大げさな、ユートピアの世界であり、そこではすべての人、すべてのものが永遠の平和と調和の中で共に生きている」

https://www.indienative.com/2024/07/jonsi-first-light/)、なるほど……。

 #7「Wishful Thinking」などは完全にクラシックオケ用の曲と言われても不思議はない。途中で入ってくるピアノがまたベタなのだけど妙に心に触れる。

 

 

●Live

9/1 フィールドワーク vol.1 @下北沢 近道

 久々に(そしてこれが多分ことし最後の)水いらずのLiveがあると聞き、行ってきた。時間の関係でCwondoさんと水いらずの2アクトのみ観る。

 CwondoさんはCDJとヴォーカルを使い、即興で音像を作り上げていく演奏。CDJとかシンセのように無限にツマミがついている機材をその場その場で調整しながら展開をつくっていくスタイル、そういうスタイルの音楽をここで初めて見たわけではないが、何度見ても圧倒される。どんな音情報を入力して、どうやって出力して、ツマミでもってどんな調整をしているのかはわからないけれど、とにかくそうして出てくるサウンドがすごくクールなのはたしかなことだった。わかりやすいテンポやコードといった枠組みを飛び越えた音の壁を20分聴き続けても飽きないというのは、すごいことだと思った。

 水いらずのライヴは、科学の実験じゃないけれど「再現性」というものが高い水準で担保されているのを感じる。水いらずは、ライヴ毎に異なるアレンジを展開してオーディエンスを圧倒させるタイプのバンドでは(今のところ)ないと思う。じゃあライヴを観る必要がないのかといえばそんなことはまったくなく、音源で一度築き上げられた音世界をどう再現するのか、あるいは以前のライヴ演奏と違う環境で同じサウンドをどう出すのか。そういう部分に「ライヴ感」、生演奏ならではの緊張感を見出せる。

 

9/14 Heroin(e) @新宿NINE SPICES

 Lacrima、Serotonin Mistなど色々なところでドラムを叩いている龍宝くんの誕生祭イベントにお邪魔した。こちらも前後の都合で夕方の4時間ほど観た。

 Serotonin Mistは初めて観たけれど、短めの1曲のなかで静のパートと動のパートが行き来する感じ、学生時代にときどき聴いていた激情ハードコア(kuralaとかTristan Tzaraとか)を思い出し、妙な感傷があった。全然観客側を向かない下手側Gtもそれっぽい。Lacrimaも3人体制に戻ってからは初めて。ヴォーカルもときどき入りつつ、インストの比重が重くなった感。

 NOUGATはベースが2人いて面白かった。リズムとリードで分けているのかと思えば、それぞれが別々のリズムを作っていたり、はたまたツインリードのようになっていたり。ちょっと対位法っぽいフレーズもあったりして興味深かった。こんなベースの使い方もアリなんだ、と。

 くゆる、Zanjitsuは1回ずつ観たことがあったと思う。くゆるは前見たときにあまりに音がデカくて最高だったのを覚えていたのだが、今回もとんでもなく音がデカくて気持ちよかった。Zanjitsuもバンドとしてシンプルにカッコいい。ギターをブン回してとにかくデカい音を出す、ということの正しさを思い出させてくれる。

 

9/15 LAIKA DAY DREAM Japan Tour 2024『四季巡光』追加公演 w/シュリスペイロフ@下北沢SPREAD

 今年のゴールデンウィーク最終日、5月6日の二条nano公演に始まり、ついに追加公演まで全通してしまった。LAIKA DAY DREAMのアルバムツアーでした。なんというか、月並みな表現だけれど、京都までの交通費を払ったとしてもなんとしても、3公演全部観ることができて本当によかったと思えるツアーだった。

 シュリスペイロフはたぶん3年前ぐらいからじつは知っていた。私の好きな『ブランクスペース』という漫画を描いておられる熊倉献先生が彼らのアートワークを担当されていたからである。『ブランクスペース』のモノクロームなタッチとはまた違った印象の、ちょっとセクシー路線の女の子のイラストである。で、そんなに沢山はライヴをしないバンドのようなので、個人的にも今回がライヴ初観覧だったのだが、結論、もっと早くに観たかったくらいいいバンドだった。ロックバンド然とした熱量の高さと、スリーピース(ほんとうは4人のバンドっぽいのだけど今回は3人体制だった)ならではのテクさとのバランスが絶妙。好きな「ハミングバードちゃん」が聴けてよかった。

 LAIKAは「桜並木通り」始まりのセトリ。前回の山中タクト企画でもこの曲で始まって、新譜でもとくにスローでダークな曲なのでちょっと驚いた記憶があるのだが、今回もそうだったのでうおおとなった。新譜からの曲を中心にしつつセトリは過去2回の公演とは(当然ながら)少しずつ違っており、この違いを楽しめるのはツアー全通の醍醐味だと思う。と同時に毎公演やっている曲の表情も都度異なって見える。例えば「カートより長生き」のラスサビ前の畳み掛けは今回が一番爆発力高かったと思う。あと、「春宵」の「桜色のギターを買った」のところでLeeさんがサイクロンをピピッと指さすモーションが好きなのだけれど、今回はモーションに加えて「これね」という台詞が加わっていた。最後は『LAIKA DAY DREAM #1』から「Hope」で終わり。これも本当に好きな曲。

 アンコールはLeeさんとシュリスペイロフ宮本さんによる「やすもの」。両バンドとも今年はもうライヴ予定はないとのことで少し寂しい気もするけれど、いつか絶対またいいライヴが観れる確信があるので、その日を楽しみにしておこうと思う。

 

9/22 Heterotopia vol.2 @下北沢LIVEHAUS

 AlbemとSeukolの共催企画のvol.2。vol.1はことし3月に下北沢のSPREADでやっていて、それがすごく良かったので2回目となる今回のライヴも観にいった。

 Seukolは初めて観てから何回目になるだろうか。4ピース歌モノ、というある意味でトラッド/コンサバな形態をキープしつつ、常に進化を続けている稀有なバンドであると思っている。最近はバンドとしてのまとまりがどんどんソリッドになっていっている感があって、落ち着いたメロウなナンバーも含めて、信じて聴ける。あと新曲がかなり好きだった。

 padoはいつだったかそれこそAlbemの無害氏に教えてもらって気にしていた。今回初めてライヴが見られて嬉しい。シンセによるドライなリズムとダブ感のあるサウンドスケープに、人力のベースが底を支えつつ色をつけていく感じが新鮮だった。電子音を主体にしつつもベースは弦のものを残すセッティングは海外のアーティストでもちらほら見るが、なんとなくその理由が見えてきた気がした。メインヴォーカル(?)がパレスチナクーフィーヤを着用していたのも印象的。

 電球も初見。初手からアップライトベースボウイングしながら歌っていてビビる。可能なんだ、それ。以降の楽曲もギターに持ち替えたり打ち込みが鳴ったり、多彩なセッティングで演奏されるも、轟音のなかにカタルシスが浮かび上がるような音像は共通しているように感じる。会場全体を巻き込むノイズのなかで、意外とギターらしい(?)フレーズを弾いているのが見えたりする瞬間がおもしろかった。

 Albemは本当にもっともっと知られてほしいバンド(コレクティブ?)である。前回観たときは楽曲そのものというか、エフェクトのかかったヴォーカルとシンセに生音のベードラエレキギターが絡むというサウンド全体のほうに意識が行っていたが、今回はメンバー1人ひとりのプレイヤーとしての技量がメチャクチャ高いということを改めて認識した。特にドラムのタイム感がえげつない。ちなみにサウンドもだがリリックがすごく好きなバンドでもある。

 ヨハネス市来氏によるDJは旧共産圏ニューウェーヴというコンセプトだったようで、これも興味深かった。スマホの電波状態があまり良くなく、Shazamで1曲だけヒットしたのはチェコのフルーティストの曲だった。チェコも昔は社会主義国でしたね。そういえば。

 個人的にHeterotopiaはイベントコンセプトが非常に共感できるものなので、vol.3、vol.4と続いていってほしい。きっと観にいくので。

 

9/27 Gilberto Gil Aquele Abraço Japan Tour 2024 めぐろパーシモンホール

 ブラジルのドがつく巨匠、Gilberto Gilの来日公演、もはや緊張すらしながら会場に向かった。都立大学の近くに最近できたホールで音もよく、席もバンド全体を俯瞰できる位置でコンディションも良好。

 全体的な感想としてはとにかく圧巻。文字どおり戦後のブラジル音楽史を内側から見、動かしてきた人物の出す音、刻むリズム、すべてのパワーが規格外だった。どの曲も素晴らしかったが、やはりUpa Neguinho(イントロが鳴った瞬間のオーディエンスの反応も忘れ難い)とGirl from Ipanemaは印象に残っている。MCの端々に登場するElis ReginaCaetano Veloso、Gal Costaといったレジェンドの名前にも一々感動。

 今回のバンドはGilbertoの子息で構成されたジル・ファミリーによるもので、総合的なバンド感もさることながらドラムのリズム感覚がバキバキだった。

 御大は、音楽的な面については今更何をいうこともなく偉大なのだけれど、単純に82歳にして約2時間のステージをほぼノンストップで駆け抜ける体力がすごいと思った。しかも後半に向かってどんどん盛り上がっていくセットリストである。最後の方なんかはマイクから離れてステップを踏んでいた。非常にチャーミングかつバイタリティに溢れる人間だった。

 

9/28 オオカミが現れた:イ・ランの東京2夜ライブ @渋谷WWW

 前々から行きたいと思っていたイ・ランのライヴ、ついに観ることができた。今回の来日は本人とチェロ、ベース、キーボード&コーラス、ドラムスに加え、コーラス隊の「オンニ・クワイア」を迎えた10人編成。ちなみにオンニ・クワイアはメンバー全員が会社員との兼業だそうで、週末を挟んだ金曜と月曜に有給を取って来日していたらしい(MCにてイ・ラン談)。すごくインディーズみ溢れるエピソード。

 ライヴのタイトルどおり、アルバム『オオカミが現れた』の楽曲を中心に新旧織り交ざったセットリスト。オンニ・クワイアのオリジナル曲(アカペラから始まり)、チェロとヴォーカルだけで魅せる曲から10人バンドの迫力あふれるサウンドの曲まで、その音世界は想像していた以上に多彩だった。

 日本ではイ・ランという人物を作家として知っている人も多いと思うが、やはりというべきか、言葉を大切にしている人であることが感じられる部分が随所にあった。バックスクリーンにはハングルの原詞とともに訳詞を映し出され、歌に込められた思いがリアルタイムでオーディエンスに伝わる。

 流暢な日本語のMCはときにユーモアに溢れ、ときに雄弁であり、ときに繊細であり。韓国ではキリスト教の影響が強く、特にクィアの人々は幼少期から身体化されたキリスト教的倫理観とセクシュアリティの間で苦悩しているという話の流れから、「聖書には悩み、苦しんでいる人こそ世の光であるという記述があるけれども、現実の世界はそうなっていない。そういう人々を위로하다(慰める、励ます)するようなセットリストを考えた」というMCに、音楽を(そして言葉を)ライヴで人々に見てもらうということの意味を思う。

 いつか必ずまた観たいアーティストの1人である。

 

9/29 杪夏 @下北沢モナレコード

 杪夏、という言葉を初めて見た。「夏の終わり」という意味らしい。晩夏、という言葉も好きだけれど、こちらがどこかもの寂しさを湛えているのに対して「杪夏」は比較的明るい、前向きな時間軸のようなものを感じる(形の似た「秒」という字にイメージを引っ張られすぎか)。

 烏兎 -uto- は今回初めて観る。キーボードとヴォーカルの2人編成で、モナレコという会場に馴染んだ佇まいだが、そこから発せられる音世界は広大なものだった。キーボードは一貫してnordのナチュラルなピアノサウンドが使われ、アンビエントライクな曲からジャジーな曲まで目が離せない。ヴォーカルも囁くようなな歌い方から芯のある声まで広い表現幅でしっかり聴き入ってしまった。10月6日にはバンドセットでのライヴがあるとのことでぜひ観たかったのだが、予定が合わず残念。

 砂の壁はお久しぶり、と言いつつ今年に入ってたぶん5回目ぐらいなんだよな。まあでもいいバンドというのは何回観ても観すぎということはないので、大丈夫なのである。改めて、ステージに4人並んだときに「そのバンドの空気感」をバッと作れる人たちだと思う。かつ、それぞれのイベントのコンセプトにはしっかり合っているという。すごい。30分なのが惜しいくらい全編素敵なアクトだったけれど、この杪夏という時期に「きてしまう夏」を聴けたのがよかった。「大抵のことなら波のように消えてくから」という歌詞は捉えようによっては夏の終わりっぽい。

 檸檬はちゃんとお久しぶり。今年のまだ寒かった時期に、生活の設計で名古屋のKDハポンにお邪魔したとき以来になる。今日もお2人は朝、東京まで来られたとのこと。前半は名古屋で観たときと同じアコースティックセット、後半は4名が加わってのバンドセット(ベースにceroの厚海義朗さんがいらしてびっくりするなど)。このバンド(ユニット?)は歌メロが本当に好き。懐かしいような新しいような、そこの絶妙なバランスをついてくる。つい先日音源がリリースされた「わたしの好きな街」がとてもよかった。