2024年8月 Records & Lives

 8月ー。マジであっという間だったような気がする。夏休みっちゅう夏休みも今更ないのだが。今手帳を見返してみたら、平日も含めてわりと予定が詰詰だった。だから早かったのかもしれない。

 

●Records

This Is How Tomorrow Moves – beabadoobee

 beabadoobeeは前から好きなんだけど、本作は今まででいちばん聴いた瞬間からビビッと来たような気がする。すごくキャッチーでロックなサウンドなんだけど、歌メロの節回しはメロウだったりもする。#2「California」のI swear I tried〜のメロとか、はじめ聞くはずなのにどこか懐かしさすら覚える。

 全体的に洗練された現代的な音像だと思うが、そのなかに#4「Real Man」のような素朴なフォークソングがぽっと入れ込んであるのもよい。あくまで出発点はギターを携えたソングライターであるということを思い出させてくれる。

 ジャケット写真も結構好きだ。アーティスト本人の顔写真というのは少なくないと思うが、この表情(なんとも形容し難いが、何かしらの圧を感じる)って今まであんまりなかったんじゃないか。

 

BUZZ – NIKI

 インドネシア出身、LAで活躍するSSWの3rdアルバム。東南アジアルーツのシンガーということでbeabadoodee(フィリピン出身)と比較されることも多いみたいだけれど、彼女ともまた違った魅力を湛えた楽曲を作る人だと思う。

 ジョニ・ミッチェルに影響を受けているらしく、サウンド的にはよりフォーキー、かつちょっとジャズみもある。#2「Too Much Of A Good Thing」や#8「Strong Girl」などのウッディなベースとブラシで演奏されるドラムを聴いて、なるほど、と思う。

 個人的フェイバリットトラックは#5「Did You Like Her In The Morning?」。早朝の霧のように淡く、シンプルなトラックに乗せて歌われるリリックはどこか哀しい。

 ちなみに「新しい学校のリーダーズ」と同じレーベル(88rising)らしい。知らんかった。

 

No Name – Jack White

 ブルースロックの雄、Jack Whiteの新譜。当たり前にギターがとにかくカッコいい。前作(Fear Of The Dawnは前々作か?)がちょっとデジタルかつプログレッシブな成分が強めだったのに対し、本作はかなりストレートにロックサウンドを押し出しているような印象がある。と思っていたら、レビューサイトでもThe White Stripes期への回帰などと書かれていた。プロデュースやミックスもDIYでやっているっぽい。

 #3「That’s How I’m Feeling」のギターと「Oh Oh Yeah」言ってるだけのサビ、マジで楽しそう。クリーンと歪みのシンプルな音作りだけでメリハリをつけていくのって実はかなり高度な技術だと思うのだが、そこはやはり匠の芸。

 #9「Underground」のスライドギターもすごくブルージーでシブい。酒が合いそう(飲めないけど)。

 

The Faster I Run – Jessica Boudreaux

 今作で初めて聴いたSSWなのだが、かなり好きな部類の音楽だった。これもギターをガッツリ歪ませて、ダウンピッキングでガシガシ弾くタイプのインディーロックという感じ。名前からしてフランス語圏の人かな、と思ったが、元々ポートランドアメリカ)を拠点に活動していたSummer Cannivalsというバンドのヴォーカルだったらしい。バンドの解散後、ソロで活動しているということのようだ。

 #1「Back Then」から、ぐんぐん前にノっていくビートが気持ちいい(が、曲は亡くなった友人に宛てたものだそうで、そう思って聴くとなかなかシリアス)。続く#2「Be Somebody Else」も、静かに始まるかに思わせておいて、サビではしっかりデカい音で鳴らす。#10が「Smoke Weed」というモロすぎるタイトルなのだが、案の定これがいちばんメロウ。

 

No More Water: The Gospel Of James Baldwin Meshell Ndegeocello

 前のThe Omnichord Real Bookから全然時間経ってなくないですか……? 去年、日本も回るツアーもやったのにいつの間にRecしていたのか。そのクリエイティビティとバイタリティに恐れ入る。

 アルバムタイトルにもあるJames Baldwinはアフリカン・アメリカンの作家で、私の本棚にも小説『ビールストリートの恋人たち』がある。カラードでゲイでもあった彼は社会に蔓延る差別を文学によって告発し、分断を繋ごうと試みたわけだが、Meshell Ndegeocelloはその試みを音楽と詩によって受け継ごうとしたのだろうか。

 ジャンル的にはゴスペルやアフロビートの要素を含んだサウンドと、ストレートなリズムによるダンサブルな楽曲が多い。技術的な華やかさは前面には出していない印象がある(とはいえ、ベースがちょいちょいテクいのはさすが)。

 タイトルも「Pride」や「Eyes」、そして#12「Love」などシンプルで直接的な言葉が多いのも印象的だ。また音楽だけではなく、ポエトリーリーディングのようなパートも。音楽的な完成度もさることながら、文学への厚い信頼を全体に感じるアルバムだった。

 

Filther – Filther

 たまたま見つけたインストゥルメンタルのアルバム。バンドなのか、ユニットなのか、はたまた個人プロジェクトなのかもわからない。「filther band」などとググってみても、Bandcampのアカウントが表示されるだけで非常に情報が少ない。プロデューサーはドイツ語圏の人名のようだが。

 そんな謎多きアルバムだが、内容もまたどこかつかみどころのないアンビエント風の楽曲が多い(比較的調性感・コード感はくっきりしている作品が多いとは思う)。前半は#2「Take It Or Leave It」や#3「Blissin」のようなスローで環境音の質感が前に出た楽曲が多く、後半になるとわりとリズミカルにアレンジされていく印象。特に#8「Anime」などはしっかりドラムが鳴っている。

 インストと冒頭に書いたが、#4「All I wanna do(feat. ronja)」のみヴォーカルが入っている。ちなみにこのronjaは明確にドイツのアーティストのようだ。

 

Million Dollar Baby – Pixey

 今作で初めて聴いたイギリスのSSW。1995年生まれとほぼ同世代で、2016年から活動を開始しているようだ。ちょうどこの9月にイギリスでツアーをやるようなのだが、チケットも12ポンド〜とリーズナブルな感じで、まさにインディーズのアーティストという感じだ。

 #1「Man Power」は結構サイケみ強めな感じでありつつ、以降どの曲もとてもキャッチーで好きなタイプの音楽性だった。ダンスミュージック的な聴き方で合っているのかな、と思いつつ、全部が全部エレクトロニックサウンドで構成されているわけではなく、たぶんライヴではバンドが乗るんじゃないかと思う。シンセがしっかり分厚めに乗っており、ギターもウワモノ的な使われ方をしているのは特徴的。表題曲の#2「Million Dollor Baby」はかなり意図的にTake On Meをリスペクトしている感じがする。

 #5「Damage」ではラップも出てきたりしていて、色々な歌い方を自由に試しているのも聴いていて楽しい。

 

L.A. Times – Travis

 我が心のルーツ・バンドであるTravis。ついに10作目のアルバムが出た。Travisサウンドは敢えて言うなら地味なほうだと思う(それが良さなのだけれど)。本作もアコースティックな質感のサウンドに訥々と語るようなヴォーカルが乗る楽曲が多く、実家のような安心感を得る。一方で、グラムロック風の#4「Gaslight」や、シンガロングパートが印象的な#5「Alive」などでは「こういう方向性もいけるんやで」というTravisというバンドの底力、ほんらいもっているテクニックを確認できる。いずれにせよどの楽曲についても、びっくり仰天するような真新しいアイディアに頼らなくとも「一聴してTravisとわかる」サウンドに仕上がっているのはさすがとしか言いようがない。あ、ラップ風の#10「L.A.Times」はさすがにぴっくりした。ベースラインも過去一動いていると思う。

 リリックスは、前から結構内省的と言われているが今回さらにパーソナルな、祈りのようなフレーズが多いように思った。「God」「Angel」など、宗教的なモチーフからの引用も多いように思う。Franがメンバーと離れてロサンゼルスに住んでいたことや、2019年にパートナーと別れたことなどが関係しているのだろう(後者についてはインタビューでも語っていた)。製作時のシチュエーションとしては2ndアルバムの『The Man Who』のときと近かったとのこと。

 

All Hell – Los Campesinos!

 そのアルバムタイトルと、不穏な雰囲気溢れるジャケットからは若干想像しづらい爽やかなエモサウンドが聴けるアルバム。バンド名はスペイン語で「農民」の複数形だが、ウェールズのバンドである。じつは知らないバンドだったのだが、2006年から活動していてアルバムは新譜含めて全7作と、結構マイペースなバンドのよう。なるほど。

 全体的にまっすぐな8ビートとギター中心のウワモノがアルバムを引っ張っていて、いわゆるバンドサウンドに親しんできた耳にはとても心地よい。堂々としたリズムの#5「Long Throes」から、“静”の導入と“動”の後半をもった#6「Feast of Tongues」への流れはライヴでの盛り上がりも想像できる。その一方で、#10「Clown Blood; or, Orpheus’ bobbing Head」なんかではパンク〜グランジを消化/昇華した音づくりも聴くことができて、Apple Musicの「Alternative」というジャンル分けに説得力が出てくる。今更ながら追いたいバンド。

 

Paradise States of Mind – Foster the People

 Foster the People、じつは1stアルバム『Torches』からの印象があまりない(15年活動していてアルバム4枚って結構寡作ですよね)。バンドの体裁を取りながらも踊れるシンセポップを提供するユニット、というイメージでいたのだが、ゆえに#1「Lost In Space」のイントロを聴いたときには「え、ファンクに転向した!?」と驚いた。実際には転向したのではなく、より正確に言えばリファレンスとなる音楽が幅広くなったというべきだろう。あと、何様やねんという感じだが楽器のスキルも同様に幅広くなっていると思う。

 ファンクやR&BのほかAORやゴスペルあたりのエッセンスも感じられる。#6「Paradise State Of Mind」などはある種の神々しさすら感じる。#9「Sometimes I Wanna Be Bad」のアウトロのフルートはラテン風だ。

 全体的に古きよきアフロ・アメリカンルーツのダンスミュージックの雰囲気を感じさせつつ、リリックスは比較的シリアスなのもこのバンドらしいと思う。そういえばスマッシュヒットになった「Pumped Up Kicks」も実際の銃乱射事件に着想を得たリリックだったな。

 

 

●Lives

8/3 カネコアヤノ 野音ワンマンショー 2024 @日比谷野外音楽堂

 カネコアヤノさんのライヴを観るのはじつに10年ぶり(前回見たのは2014年、高校3年生のときだ)。なぜか常にチャンスを逃し続けてきたが、ついにチケットが当たり観ることができた。

 端的に言って素晴らしかった。メロディ、リリック、それを支えるバンドのアレンジ。そしてそれらの一体感。これが厳密には「バンド」ではなくて、「ソロシンガーとサポートたち」なんだからすごいよなあ……なんて思いながら観ていたのだが、最後の最後に衝撃的な発表があった。たった今目の前で演奏していた4人が、バンドになった。

 

8/4 フジファブリック THE BEST MOMENT @東京ガーデンシアター

 「好きなバンドを3つまで挙げてよい」と言われたら、邦楽部門で必ずフジファブリックは入ってくると思う。そのくらい自分にとって特別なバンドなので、やはり7月3日の活動休止ニュースはつらいものがあった。一度は見ておかなければ、と思い大急ぎでチケットをとった。

 チケットを取ったのが遅かったのでだいぶ後ろの方の席だったが、会場全体を一望できるある意味いい席。バンドの音も綺麗に聴こえた。やはりまずもって演奏がめちゃくちゃ上手いバンドだ。山内さんのヴォーカルも伸びやかで気持ちがよい。特に昔の曲などは、志村正彦の存命時と比較していまだにいろいろ言われることもあるのだろうけれど、少なくとも自分は「現在のフジファブリック」の楽曲として違和感なく聴くことができた(ちなみに今回は20周年の演出として、志村さんのヴォーカルトラックを生バンドに乗せて披露された曲も数曲あった)。途中で金澤さんの眺めのコメントもあり、演奏を聴きながらさまざまな思いが去来したが、最後会場を後にするころには「いいバンドだな」と。素直に思うことができた。来年の2月までにまた観る機会はちょっとなさそうだが、御三方のこれからを楽しみに。

 

8/17 Candlelight – Where shall we go by weaving our voices together? @とをが

 CandlelightとSpiral Clubの共催で、哲学対話と音楽ライヴを連続で行うイベントに参加してきた。CandlelightはSeukolのヒロマツくんがパートナーのアリサさんと主宰している。音楽に軸足を置きつつ、このような人と人との生の交流を生み出す場づくりを考え続けているふたりにはリスペクトしかない。

 哲学対話の進行は永井玲衣さん。数年前に『水中の哲学者たち』(晶文社)を読んでその名を知って以来、いろいろな媒体のインタビューなどで文章を読んできた方。今回ついに哲学対話に参加でき、嬉しい。哲学対話では、ともすれば「討論」「議論」になりそうなトピックでもじっくりと「対話」をキープし続ける。和やかでゆるい空間のように見えて、そこには話者どうしのたしかなリスペクトがある。そのリスペクトすらも強制によらず、自然発生的に生み出す。こうしたことのメソッドを、「哲学対話」は模索しているのかもしれないと思った。

 ライヴは角銅真実さんのソロ弾き語り。じつは角銅さんはフジロックの初日・ピラミッドガーデンでDUOを観て(ド深夜だった)、さらにCandlelight前日のSONICMANIAceroのステージで観た(ド深夜だった)。今夏、ついに日の高いうちにお目にかかることができた。

 浮遊感と確かさ、繊細さと自由さが同居するなんとも不思議な、無二の音楽だと改めて思う。哲学対話のあとで聴くことの意味もときにしっかり味わい、ときにちょっと忘れて聴き浸り。かなり得がたいライヴ体験になったと思う。

 

 自分の出演は8/21(水)、下北沢LIVE HAUSの4周年記念ライヴ。生活の設計でサポートベース。新曲もだんだん身体に馴染んできた感があり、かなり周りの音を聴きながら演奏できるようになってきた気がする。あとはタイム感だな。一曲の中でタイム感が変わるところにもしっかり対応できるように。練習頑張りたい。

 共演は小西康陽さん、Neil and Iraiza。文字どおり「日本の音楽」を創ってきたレジェンドとの共演、またとない機会。

 小西さんは弾き語り(2年前にはじめたらしい)で、たしかな演奏は言わずもがな、ときに演奏を一時停止して挟むMCが軽妙で面白い。同時に、8月という時節柄か「戦争」というトピックにも触れる。きっとあの場にいた誰もが、今も世界のどこかで起こっている大きな間違いのことを思い浮かべていたと思う。

 Neil and Iraizaは2人編成ながらギター、キーボード、パーカッションetc.を自在に操り、にわかに信じがたいほど華やかな音楽世界が繰り広げられる。基調にはUKのロックンロールやブルースロックがあるように思うが、バラード曲では日本語の響きの美しさのようなものもひしひしと感じられる。

 楽しく、光栄なイベントだった。