2024年7月 Record & Live

 7月はライヴに出たり観たりが多めだった。フジも行ったし。結構アクティブに動いた月だった。

 

●Records

呪文 - 折坂悠太

 前作『心理』も好きな作品だったが、今作ではさらに表現の幅が広くなり、いい意味で箍が外れたような印象を受けた。調性感は希薄ながらリズミカルなギターが癖になる#4「凪」、ホーンを交えた緊張感あるポストロックの#6「努努」。どちらもフジロックのステージで聴けた。

 一方で穏やかなアコースティックサウンドも健在で、個人的には#3「人人」、#7「正気」が好きだった。「正気」の最後の一行、「戦争はしないです」という言葉が、今の世界を目の前にして、さりげなくも重く響く。#8「無言」のドラムの入りでは、ふとRadioheadの「Pyramid Song」を思い出す。曲調も『The Bends』期のバラード曲を彷彿とさせるところがある。

 本作の制作までには色々な心境の変化や、海外でのレコーディングなどの経験があったとのことで、それらが楽曲に影響している面ももちろんあるよう。インタビューを読みながら聴くのもよいかもしれない。

niewmedia.com

 

 

Charm – Clairo

 3年待ちました、Clairoの新譜。ベッドルーム・ポップ然とした#1「Nomad」からはじまりつつも、全体的に音数は多めで、これまでの作品以上に煌びやかな音像になっているように感じた(煌びやかとは言っても、それは何もただ派手であるという意味ではなく、繰り返し聴いても疲れないような柔らかな手触りをもったキラやかさである。それに当然ながら、囁くようなヴォーカルは健在である)。Claireのニューステージを感じる。

 「Da-dum」というスキャットでつながる#3「Second Nature」〜#4「Slow Dance」、ゆらゆらしたピッチのピアノが駆け回る#6「Terrapin」など、遊び心のある曲も面白い。

 今のところのベストトラックは#7「Juna」。ストレートなラヴ・ソングのようだが、リリックからはさまざまな葛藤のようなものも読み取れる。「Know you」「You know me」と言ったワードを覆い隠すように被さるシンセの音も妙に耳に残る。アウトロでブラス音を口真似しているのもなんだか良い。

 

Hot Sun Cool Shroud – Wilco

・このところのWilcoの創作スピード、すごくないです? 一昨年、昨年とフルアルバムを出し、ツアーをして、今年はEP。この間観たばかりだけれど、もうすでにまたライヴが観たい。

 あとジャケットのギミックが可愛い(サブスクアプリで見ると、ジャケットに描かれているライムがバラバラになり、カビたイチゴやサクランボになって戻ってくる)。

 ベーシックなバンドサウンドと心地いい歌メロ、というキャッチーな一面もあれば、ガレージ風のインスト(#2「Livid」)、不穏さとシラフさが入り混じる#5「Inside The Bell Bones」のような「やりたいことやってみた」系の楽曲も間に挟まっており、総じて一筋縄ではいかないWilcoの面白さが18分間のなかでも体験できる。

 ラストナンバーの#6「Say You Love Me」も基本的にシンプルな曲作りながら、随所に現れるトリッキーなコードチェンジにふっと目が覚める。

 

Love Heart Cheat Code – Hiatus Kaiyote

 オーストラリアのジャズ〜ソウル〜オルタナバンド(何とも形容しがたい)、Hiatus Kaiyoteの4枚目のアルバム。前作のMood Valiantも好きだったし、実際各所で高評価を受けていたが、正直言ってかなり難解な印象を受けるアルバムではあった。今回のアルバムは、素人の耳ながらかなり聴きやすさに振っているというか、ポップな仕上がりになっているような気がする。歌ものは特にその傾向が強いというか。

 #2「Telescope」は、シンセが奏でるコードと自由に駆け回るヴォーカルとの絡み合いが楽しい。ごくナチュラルにThe Temptationsの「My Girl」がリファレンスされているのもよい。また、最近フルートを始めた(再開した)人間としては、ファンキーなフルートが全編にフィーチャーされている#5「Everything’s Beautiful」もアツい。あと、ヴォーカリストのエッジーな声と普通のクリアーな声の切り替えがめっちゃ速くてビビる。

 

Love Changes Everything - Dirty Three

 こちらもまたオーストラリアのバンド。1992年から活動している大ベテランバンドなのだが、寡聞にして今まで知らず。

 本作は6曲入りのアルバム(41分あるのでアルバムと呼んでいいだろう)で、すべての曲が「Love Changes Everything +通し番号」のタイトルになっているコンセプティブな作品である。

 #1「Love Changes Everything I」はもたつくようなドラムに歪んだギターとストリングスが乗り、一瞬The Beatlesの白盤を思い出させるような実験的なサウンド。いわゆるオルタナって感じでもある。かと思えば#2「Love Changes Everything II」では湿っぽいピアノのコードの上で全編アドリブといった風情のギターとドラムが鳴り続ける。個人的にはこの曲が一番好きである。

 流石にちょっと聴いただけではその本質やメッセージ性にまではたどり着けない(あるいはそんなものはないのかもしれない)が、音像として面白い作品だと思った。

 

Tow Truck Jesus – Superfan

 本作を聴くまで知らなかったバンド。ヴォーカルの系統でいうとBig Thiefあたりだろうか。Phoebe Bridgersのような雰囲気もちょっとある。Big Thiefよりはフォーク感薄め、デカ音オルタナ感強めといった感じがする。

 すごく真新しいなにかをやっている感じはしないけれど、好きな音楽のコアがしっかりあって、そのジャンルの先人へのリスペクトを込めて音像に昇華しているという印象がある。ところどころに現れる静→動の衝動的なダイナミクスも聴く側を退屈させない。

 #4「Navy Blue」は淡々としているようで、途中途中の「No no no…」「Don’t go go go…」というリフレインがどこか強迫的ですらあり、頭に残る。ずっしり、もったりした#7「Twilight Living」もなんだか好き。

 

都市漂流のために - 砂の壁

 今年に入ってから山中タクトバンドや生活の設計で何度か対バンさせていただいている砂の壁。初めて観たのは昨年のSHIN-ONSAIだったと思うが、そこから今に至るまでにここまでハマることになろうとは。

 #1「Tower」は音源化される前からライヴで聴いて既に虜になっていた曲。キーボードとギターのユニゾンリフとそれを支えるリズム、優美な歌メロの交叉。そして具体的な情景が見えるようで見えない、見えないようで見える、柔らかな言葉で綴られつつも不思議な距離感を感じさせるリリック。サビ後のインストパートもトリッキーで毎回おおお……ってなる。

 #3「来てしまう夏」はタイトルの時点でもう好き。こんなに毎年暑いと、夏はもはや「来てしまう」ものだ、確かに。このEPのなかでもいちばんアップテンポでキャッチーなサウンドの曲だけれど、よく聴けば使われているコードやリズムはすごく凝っている。これからもライヴとか行きます。

 

Night Reign - Arooj Aftab

 パキスタンにルーツをもち、現在はアメリカを拠点に活躍するソングライター、Arooj Aftab。第64回グラミー賞で最優秀グローバル・ミュージック・パフォーマンス賞を受賞している実力派である。

 #1「Aey Nehin」を皮切りに、全体的にダークで淡々とした雰囲気を纏いつつ、アコースティックギターやハープ系の弦楽器の美しい響きがフィーチャーされている。なお、本曲をはじめとして本作にはウルドゥー語で歌われているものが多く、Aroojが軸としているパキスタンの詩形式と西洋的なポップミュージックの融合・昇華というポイントがしっかりと示されているように思う。

 #2「Na Gul」ではアウトロのホーンに耳を奪われる。#7「Raat Ki Rani」はパーカッションの繰り返しリズムが心地いい。

 インタビュー等を読むと、南アジア系であることや女性の作(曲)家であることなども、当然ながら作品づくりや音楽以外での活動につながっていることがわかる。その辺りもきちんと知って追っていきたいアーティストだ。

 

魔法学校 - 長谷川白紙

 長谷川白紙の作品には何度も驚かされてきているが、この最新アルバムもまた「!?」の連続だった。それでいて音楽としての楽しさ、聴いているときの心地よさのようなものはしっかりと担保されているのがカッコいいところだと思う。

 #3「口の花火」にはSam Wilkesが参加しており(彼もまた王道のファンクベースを弾きこなす一方でアンビエントな音楽も作る多彩な人だ)、ベーシスト的にはすごくワクワクする曲。花譜への提供曲をセルフカヴァーした#5「蕾に雷」も同曲の新しい地平が見えて新鮮。

 少し前にライヴを観たときにも思ったのだが、たぶん前作よりも歌い方に幅を持たせていて、おそらくこれまでは意図的に避けていたであろう低く芯のある(ありていに言えば男性的な)発声や「ワ゛ッ」「ヤ゛ッ」みたいな濁った発声、あるいは#12「外」で用いられているようなねっとりした発声などなど、随所で歌い方を変えているのがすごかった。今年はソニマニで観る予定。

 

●Live

7/8 The Sweet Torture 君島大空 合奏形態 単独公演 @KANDA SQUARE HALL

 昨年のフジロックぶりの合奏形態。ちょー楽しみにしてきた。し、ちょー楽しかった。「生きることそれ自体が甘美な拷問である」という意味を込めたライヴタイトル。ビジネス街である神田で、平日の夜に開催されたライヴということで心なしか仕事帰りのサラリーマン風のオーディエンスも多く(というかおれがそう)、タイトルとの妙な調和を果たしていた。タイトでバチバチに決まった演奏とは裏腹なゆるいMCも良し。これからも何度でも観たいバンドである。

 

7/21 砂の壁 2nd EP『都市漂流のために』リリース記念 スリーマンライブ @下北沢THREE

 今や完全ないちファンとなった砂の壁、セカンドEPのリリパにお邪魔した。アロワナレコードは以前、ヴォーカルの藤井さんの弾き語りを観た。たしか去年、高円寺のteqtonだったと思うが、そのときに「めっちゃいい声だな〜」と思ったのを覚えている。今回もそのふくよかな、のびやかな声は健在で、そこへバンドのサウンドが加わることでまた新しい世界を見られた気がする。バンドで観れてよかった。

 阿佐ヶ谷ロマンティクスは最後に観たのがコロナ前とかだったと思う。下北のモナレコだったと思うのだが記憶が定かでない。実際、メンバーが海外にいたりしてそんなにたくさんライヴをしてなかったのだという。とはいえ、演奏は流石の安定感というか、行きつけだったお店に久しぶりに顔を出したような安心感をもって聴いてしまった。

 砂の壁は、もう大好きな曲がたくさん聴けてよかった。終演後もいろいろとお話しなどさせていただいて感謝しかない。なんだかこの台詞ばかり繰り返しているような気もするが、これからも観(聴き)続けたいバンドのひとつです。

 

 自分の出演は、7/20(土)にあった山中タクト2nd AL『Still Life』のリリースライヴ。山中タクトバンドでベースを弾いた。楽しく演奏できたと思う。生活の設計アコースティック、LAIKA DAY DREAMもそれぞれ何度も聴いてきたバンドだけれど、この日ならではの空気感があってすごくよかった。各バンド(アーティスト)、これから変化の時期を迎える。どんなライヴだってそうだけれど、特にこの日と同じようなライヴを観られることはもうないだろう。貴重な1日に居合わせさせてもらったことを感謝したい。