カエンソサンカリウム(カガク・クラブ)

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 ここ最近は国内の作家の本を読んでばかりいたので、たまにはアメリカの小説でも読もうと2ヶ月ほど積んだままになっていたチャック・パラニュークの『ファイト・クラブ』に手を伸ばした。

 日々の合間合間に読み進めていたのだが、先日こんな一文に出くわした。

 

 ダイナマイトには不純物が混じっていたと刑事は言った。蓚酸アンモニウムと過塩素酸カリウムが混じっていた。それは爆弾が手製である可能性を示す。それに玄関のデッドボルトが壊されていた。

チャック・パラニューク著,池田真紀子訳『ファイト・クラブ早川書房,2019:155. 

  む、と引っかかったのは「過塩素酸カリウム」だった。カエンソサンカリウム。この響きには何か親しみにも似た感覚があった。なんでだっけ。

 あ、あれだ。

 

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 10年は前になるだろうか。当時茨城県に暮らし、高校受験を控えていた僕は突如父の転勤を知らされ、それまで行く気マンマンであった「水戸第一高校」に早々に別れを告げ、何十校とある「首都圏にある自分の偏差値に見合ったそれなりの高校」を探すことを余儀なくされた。

 そうすること数ヶ月、「ここならちょっといいかも」と探し当てたのが、東京の西のほうにある都立W高校であった。

 

 早速、その年の夏休みにW高校の説明会(兼部活見学会)に参加。説明会はそこらへんに売っている受験案内書を読めばわかることばかりだったので早々に切り上げ、部活見学会を回ることにした。

 W高校の看板部だったラグビー部ではもちろんやっていけそうになかったので、室内の部活を中心に見学させてもらっていたが、その中でも一際、異彩を放っていたのが「化学部」であった。

 薬品の匂いがツンと鼻をつく理科室(これはまあどこの高校でも同じ匂いがするのだろうが)に足を踏み入れると、そこには既に同年代の子たちが15名ほど揃っており、教室の前には白衣を着た化学部長と思しき青年が立っていた(さかなクンに似ていた)。

 さかな氏は、「今日はみなさん化学部に来てくれてありがとう、早速ですが僕はこれからみなさんにお見せする実験の準備をしますから」と早口で捲し立てるや否や、彼より幾分か歳下と思しき部員何人に部の説明をぶん投げて奥に引っ込んでしまった。

 説明が終わると、さかな氏は耳当てにマスクをした状態で何やら白いボトルとハンマーを手に戻ってきた(既に不穏である)。そしてさかな氏は特に何をいうでもなく、手近にあった机の金属部分にボトルの中の粉を軽くまぶすと、これまた手近にあったビニールテープを3〜4枚切り取り、粉の上にベタベタと貼り付けた

 

さかな「さ、それではこれからちょっと面白いことが起きますのでみなさん耳を塞いでいてください」

 

 意味がわからない。面白いことが起きるってなんだ。というか耳を塞げということは「デカい音が鳴る」以外に一体何が起こるというのか。とはいえ、抗議している間にさかな氏がこの大実験を敢行して被害を被ってはどうしようもないので言う通りにした。

 さかな氏はその場にいる全員が耳を塞いでいるのを確認するや、間髪入れずにビニールテープ越しに白い粉をハンマーでぶっ叩いた

 

バァンw

 

 場の総勢15名ほど、全員が呆気に取られた顔でさかな氏に「説明しろ」と目で訴えていた。

 さかな氏はその一番の笑顔を見せると、「そう! この白い粉はカエンソサンカリウムだったんですねえ。カエンソサンカリウムというのはみなさんご存じ花火の……」

 

 全然ご存じな訳がなかったし、そこから先の説明は全然覚えていないが、このときに私の中で「カエンソサンカリウム」は(そのクソデカサウンドと共に)強烈な印象を持った言葉として刻まれたのである。

 

 

 

 数ヶ月後。結局、引越し先が横浜市になったことで都立高校を受験することもなくなり、W高校のことも忘れかけていたそのとき、ある新聞記事が目に入った。

 

「都立高校で事故 文化祭準備中に化学部員が軽いけが」

 なになに、化学部? まさかとは思うけど…

 

 そのまさかであった。その都立高校というのはW高校であったし、事故を起こした張本人(張本粉?)は「過塩素酸カリウム」だったようだ。該当の部員氏は「過塩素酸カリウム」と「赤リン」をゴリゴリと乳鉢で擦っていて(やっちゃいけないらしい)、その結果ボカンと一発やらかしてしまったらしい。

 軽いけがで済んでよかった、と思うと同時に「カエンソサンカリウム」が「過塩素酸カリウム」であることもそのとき知ったのでした。

 

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 まあそんなカエンソサンカリウムと、『ファイト・クラブ』の読書中に10年ぶりの再会を果たしたわけであった。

 しかし、そんなダイナマイトの原料になるようなシロモノを大勢の中学生の前でドッカンさせていたあのさかな氏。なんだったんだろうか。どこかで元気にしているのだろうか。

 まあ、部活見学会という場でやらかさなかったことに関しては感謝しておきたい。 

 

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